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東京高等裁判所 昭和34年(う)1028号 判決

被告人 桑原清吉

主文

本件控訴を棄却する。

理由

弁護人本間五六の控訴趣意第一、弁護人田中正名の控訴趣意第一点について

弁護人本間五六の論旨は、原判示第四の一、第七、第八の事実につき判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認があると主張するものであり(但し論旨が第七の事実の証拠関係について論じているところは、内容的には第八の事実に関するものであり、第七の事実の証拠関係については何ら具体的な論述はなされていない。)、弁護人田中正名の論旨は、原判示第四の一、同第四の二の(二)の事実につき事実の誤認があるとするものである。

よつて按ずるに、原判決挙示の各関係証拠(但し原判示第四の一、同二の(二)の事実に関する国税庁監察官山岸一二三作成の山際正義に関する答申書、同第七の事実に関する国税庁監察官稲毛誠作成の答申書、同第八の事実に関する右山岸一二三作成の早川由平の昭和三十一年分所得金額の調査書と題する各書面を除く)によれば、原判示第四の一、同二の(二)の事実、同第七、同第八の各事実はその証明十分であると認められ、各所論に鑑み記録を精査してみても、各判示事実について判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認が存在することは発見できないし、その間原審の審理に不尽の廉があることもまた発見できない。

ただ、前記国税庁監察官山岸一二三、同稲毛誠作成の各答申書の如き書面は、原審公判廷において検察官から証拠調の請求があつたが、弁護人はこれに対し不同意であつたので、検察官は一旦請求を撤回したが(第二回、第三回公判調書)、その後に至つて、検察官は改めて刑事訴訟法第三百二十三条第三号に該当する書面としての証拠調の請求をし、これに対しては、被告人及び弁護人の同意はなかつたが、原審は検察官の請求を容れて証拠調を施行し(第九回公判調書)、且つこれら書面を罪証の用に供したものであることが明らかである。しかしながら、元来右各書面の如きは、原審公判廷における証人山岸一二三、同稲毛誠の各証言によれば、本件各犯行後捜査段階において、国税庁監察官が検察官の要請の下に、本件涜職事件の捜査に協力する目的で、原判示各納税義務者たる山際正義、田中金作らの納税の対象となるべき所得額を調査し、その経過及び結果を検察官宛報告した書面であつて、かかる書面は、刑事訴訟法第三百二十三条第三号に該当する書面として取扱うことは相当ではないと認められるから、被告人又は弁護人の証拠とすることの同意がある場合であれば格別、それがない場合には、これを罪証の用に供することは、訴訟手続に関する法令の違反であると認めざるを得ないのであるが、本件においては、右各書面を除外しても爾余の関係証拠によつて、原判示第四の一、同二の(二)、第七の各犯罪事実はその証明十分であると認められること前段説示のとおりであるから、右法令の違反は判決に影響を及ぼすことが明らかであるとはいえず、よつて原判決破棄の理由とはならないものといわざるを得ない。

また、前記山岸一二三作成の早川由平の昭和三十一年分所得金額の調査書については、原審公判調書(昭和三十四年(う)第一〇二七号中原審第一、二回公判調書)の記載によると、右書面は、検察官から証拠調の請求があつたところ、弁護人の同意を得られなかつたに拘らず、原審はこれが証拠調を施行したことが明らかであるが、右書面が刑事訴訟法上如何なる条項に該当する書面であるかは何ら明らかにはされていないのである。恐らく検察官並びに原審裁判所は右調査書は前記各答申書とその性質を同じくする書面であり、刑事訴訟法第三百二十三条第三号に該当する書面であるとして、その証拠能力があることについては疑がないものとして取扱つたものであろうと推測し得ないこともないが、右答申書に対すると同様、右調査書が刑事訴訟法第三百二十三条第三号に該当する書面であるとは認め難いから、証拠とすることの同意がないのに、これを罪証の用に供することは、訴訟手続に関する法令の違反であるといわざるを得ないが、原判示第八の事実については、右調査書を除外しても、爾余の関係証拠によつて、その証明十分であると認められること前段説示のとおりであるから、右法令の違反は、判決に影響を及ぼすことが明らかであるとはいえず、よつて前記同様原判決破棄の理由とはならないものといわざるを得ないのである。

論旨は更に進んで、原判決が原判示第四の一、同二の(二)の事実につき、右山岸一二三の原審公判廷における証言を罪証の用に供した点を捉え、右証言は証拠力がないものであるという趣旨の攻撃をしているが、同人が原審公判廷において、納税義務者たる山際正義の昭和三十年度、同三十一年度の所得額につき、その国税監察官としての知識、経験に基き調査した経過並びに結果についてなした証言が証拠能力に欠ける何らの理由もなく、また、同証言の内容を検討してみても信憑に値しないような何らの理由もないから、原審裁判所が右証言を罪証の用に供したことについては何らとがむべき点はなく、よつて、この点に関する論旨も理由がない。これを要するに、原判決には所論の如き事実誤認ないし審理不尽その他判決に影響を及ぼすべき訴訟手続に関する法令の違反は存在しない。各論旨はいずれも理由がない。

(その余の判決理由は省略する。)

(裁判官 三宅富士郎 岡崎隆 井波七郎)

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